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3月11日のこと

仕事は休み。
家で母とお昼を食べて、午後いちでいけばなのお稽古、
その後、とある講演会に行く予定だった。


すぐ近くの大きな空地に超ビッグなパチンコ屋ができるため、
2月半ばから工事が始まり大きな重機が何度も動く度に私の家は地震の様に揺れていた。
体で感じる揺れが毎日続き、家にいるときは船酔い状態で1カ月近く過ごしていた。
現場により近いご近所さんは頭痛も訴えていたので、私だけではない。

そのような状態で、今回の地震がきた。
最初は「今日の工事、ちょっと酷くない?」と思っていたら、本物の地震だったという。


不幸中の幸いで、私の家は本が崩れ、リフォーム前の土壁の表面が崩れた程度の被害。
インフラはガスが安全装置が作動して元栓がストップしたくらいだった。
工事で揺れ慣れていたので、最初は大きく捉えていなかった。

17時頃母が予定通り外出し、「あんたもお稽古行ったら?」という感じで
先生のお宅へ伺った。


●先生のお宅は玄関を開けると、いつもと少し様子が違い大きな音が流れていた

DSC02146.jpg

地震を伝えるラジオの音。
伺ってからも何度も揺れはあったものの、
先生は普段と変わらず「まだ来ますねぇ」と、肝が据わっているというか、動じていない。
お花だけ取りに来た生徒さんもいらしたが、今日のお稽古を中止にするつもりはないようだ。

その様子が私を落ち着かせた。
このタイミングでも、いつもと変わらずお稽古に行ったのが私には良かったのだと今思う。

DSC02148.jpg


私が伺った時には、生徒さんは誰もいなかった。
ただ、他の方がいけた花が地震で花瓶ごと倒れたそうで、
水がこぼれた跡が畳に二つほどあった。


花材は
・土佐ミズキ
・チューリップ
・レースフラワー
・レモンリーフ

DSC02190.jpg


時間が経つにつれ、被害の大きさに驚き。交通機関が大混乱。
父も帰宅困難で20キロ歩いて帰ってきた。
姉はより職場に近い実家にきて、泊まった。
二人とも帰ってきたのは、日付が変わってからだった。

なんとか、家族はみんな無事だった。
大学からの親友二人と連絡をとり、一人は上京してから一人暮らしなので
翌日、迎えに行き私の家で過ごす約束をした。

この段階では、親戚・知人で連絡がとれない人もいて心配ながらも、眠りについた。
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