備忘録・茶

もうこれで風炉はおしまいというとき、中置き

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通常なら風炉が左、水指が右にあるが、
もう炉に切り替わるような寒い時期、お客様にできるだけ温かな火を近づけようと
風炉は中央寄りに置かれる(中置き)。
そうすると、いつもつかう形の水指ではバランスよく、あるべき空間に置けないから、
筒のような形でコンパクトな底面積の長水差しを左に置く。


薄茶器は、竹そのままの風情をいかした、かたちは金輪寺。
松の蒔絵が描かれている。
茶杓同様、年月かけて服紗で清めると艶が増すような気がする シンプルでとても存在感のある作品。黒田正玄さん作で、蓋の裏には久田宗匠の花押。


この時期の風炉は、本来なら鉄の道安風炉をつかい焼物の板を合わせるとのこと。
それに合わせて前瓦は白から赤に、灰は水の筋目を表す掻上灰をつくる。

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※写真は、唐銅の風炉に塗りの敷板。


●床の間のお軸は
「和氣兆豊年」和気豊年を兆す ・・・達筆すぎて読めなかった。。。

花入れは“稲塚”
竹の根を掘り起こして、上下逆にして花入れとしている。
これは表千家不審菴7代家元如心斎の工夫のようですが、かなり大胆。

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道具は“●●好み・写し”などが多々あって、今の時期はこういう道具組とやんわり決まりがあって。それが季節を楽しむ趣向であったり、誰かの思想や好みが反映されていたりして。
最初はどの時期になにを使い、どれとどれを組み合わすか?
どうしてこれらを今使うのか?
どういう意図があるのか?
1年を通してやっと一通り。

毎年その軌跡を重ねることでやんわり何となくわかるようになり。
そこから離れているものや事があると、逆にどうしてそうなっているのか?という視点で考えれるように、なんとなーく なんとなーくなってきて。
その遊びが面白かったりするし、それが個性なのかな?とも思ったり。

やっぱり色々なお席に伺い、いろいろなものを見、人と出逢い、話をしていきたい。
悩むこともあるけれど、だから今も続けていられるのだろうと思う。


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こういうインパクトのある作品に出逢うと、先人がどのようなところから発想を得て、
試行錯誤し、世の中に新たな価値観を示そうと試みてきたのか。
それはとても勇気のいることだったと思う。

今でもわたしには斬新に映る。
当時の衝撃といったらどんなだったのだろう?

それとも
今よりも新しい発想や試みに柔軟な空気があったのだろうか?
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