「唐物」について


「青山緑水」
景色だけでなく山の中の空気や陽射しをうける感覚が一緒になってリアルに蘇ってきた。
山登りに度々行くようになったからかな?
自分の経験がふとしたところで繋がるのが嬉しい。

床の間 


江ノ島さざえ籠にいれられたお花は

江ノ島さざえ籠 

半夏生
紐状にひょろりと垂れ下がっている花が目立ちにくいから、
花の近くの上のほうの葉が塗ったように白くなり虫を呼び寄せている…
と言われているそう。
植物の工夫、必要なデザインって面白い。

二重棚、老人点て 

この日はベテランのお弟子さんが多くいたので、「唐物」と「老人点て」でお濃茶をされた。
※この写真はこれから「老人点て」をするところ。


「唐物」
私もお許しはだいぶ前に頂いているものの、まだスムーズに進められるほど身につけられていない…。先輩のお席に入れていただき、そのお点前の様子を拝見した。

客の立場としてはお茶とお菓子を頂き、お道具を拝見して…と亭主の所作は違えど、大きな流れは変わらない。ならどうして唐物だと亭主の道具の扱い、点前の所作が変わるのかな?と疑問に思う。

少し逸れるが、「唐物」のお道具類についてわかりやすい解説をみつけたのでご紹介。

茶の湯の文化は禅宗文化とともに中国から渡ってきた。
中国で制作された輸入品の総称を「唐物」といい、茶の湯の道具類としても用いられた。大変貴重な工芸品・美術品とされてきた。
その後、人々の日常生活にも茶の湯の文化が広がり、国産の道具類「和物」も使われるようになる。

私からすると、唐物でも和物でも茶の湯のお道具類はどれも変わらず貴重なもの。
もちろん私でも手が届くような身近な品もあれば、驚くような価値のある名品、「名物」もある。
ここでいう”変わらず貴重”とは、手が届く身近な道具だから粗野に扱っていいというわけではなく、価値の大きさに関わらず”変わらず大切に扱う”という点で。

「唐物」のお点前のとき、普段の所作・扱いと違いがあることによって、「貴重なものを扱っているんだぞー」と自分自身が精神を集中して丁寧に大切に道具と向き合える。普段の流れにひと手間加えたり、区切りが増えたり…違いをつけることは、そういう意識を促す意味もあるのではないかと思う。
そういう心構えのようなものを身につけられたら、日常生活にも生きてくるはず。些細なことだけれど、例えば人から借りたものを使う場合、自分のものを使うより少し緊張して扱うはず。そういう所にも繋がってくると思う。

お稽古で本物の「唐物」を使えることはない(写しを使うことが多い)し、今度そういう機会があるかというと、私には多分…ない。ならば、なぜ未だに「唐物」の稽古をする必要があるのか?と思ったとき、そのような理由や効果があるからでは?と、(今のところの)自分の考えがでてきた。
もっと学びを進め、経験を重ねたら見えてくるものが違ってきたり、もっと深く考えられるようになって、違う視点の考えを出せるようにもなるのかな?

なんとなーくお稽古に”いる”のではなく”考えて”
基本を復習しながら参加するようにしなくちゃな…と思い直すきっかけとなったお稽古でした。


この日の主菓子は、水無月。
今年ももう半年過ぎるのか、早い!

水無月 


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